会社沿革
価値創造につながる歩み
第二次世界大戦、復興資材の
合板製造から始まり、
今日では
フローリングや室内ドアなどの住宅資材事業、
パーティクルボードなどの
木質ボード事業を
通じて、製品とサービスを提供してきました。
これからも、時代の変化やお客様のニーズに
寄り添いながら、価値ある製品作りを
追求してまいります。
創業期 1946年 〜 1958年
「復興資材の合板時代がやってくる」という
創業者 深尾 茂の先見性で永大産業は生まれました。
「復興資材の合板時代がやってくる」
という創業者 深尾 茂の先見性で
永大産業は生まれました。
日本国憲法公布
使用したフネ印マーク
高度経済成長期の幕開け
成長期 1959年 〜 1963年
プリント合板やコンクリート型枠合板(コンパネ)の開発、さらに低価格住宅への需要に対して
『永大ハウス第1号』が生まれるなど、製販両面からの多角化戦略が進められました。
プリント合板やコンクリート型枠合板(コンパネ)の開発、さらに低価格住宅への需要に対して『永大ハウス第1号』が生まれるなど、製販両面からの多角化戦略が進められました。
本社移転
本社工場完成
名神高速道路(栗東〜尼崎)が開通
成熟期 1964年 〜 1974年
高度経済成長の追い風を受けて東京証券取引所・大阪証券(現大阪取引所)第一部上場を
果たしたこの時期、潤沢な資金調達を背景に、開発、生産、販売の総合力で業界内の優位性を確保しました。
高度経済成長の追い風を受けて東京証券取引所・大阪証券(現大阪取引所)第一部上場を果たしたこの時期、潤沢な資金調達を背景に、開発、生産、販売の総合力で業界内の優位性を確保しました。
堺事業所(現大阪事業所)開設
東京オリンピック
(現永大小名浜株式会社)設立
(現永大産業株式会社 山口・平生事業所)設立
第一次オイルショック
『タフトップW』
『ピアライン』
再生期 1975年 〜 1990年
2度の石油危機を契機とした不況の波により、1978年に会社更生法の適用申請に至りました。
しかし、『ロイヤルシュノール』などの新製品の開発という「再生の芽」は確実に残っていました。
「債務の弁済」を合言葉に、全社一丸となって再建に向けて邁進し、1993年9月に予定より2年早く更生計画を終了しました。
2度の石油危機を契機とした不況の波により、1978年に会社更生法の適用申請に至りました。しかし、『ロイヤルシュノール』などの新製品の開発という「再生の芽」は確実に残っていました。「債務の弁済」を合言葉に、全社一丸となって再建に向けて邁進し、1993年9月に予定より2年早く更生計画を終了しました。
第二次オイルショック
「IPシステム」導入
消費税3%導入
直貼りフローリング『ダイレクト』
第二成長期 1991年 〜 2018年
更生計画は終結したものの、バブル経済の崩壊とその後の長期不況により赤字が続きましたが、
新製品開発とコストダウンで乗り切り、再上場への道筋をつけていきました。
2007年には、1978年の上場廃止後、29年ぶりに再上場を果たし、
2011年には東京証券取引所第一部銘柄指定され、
名実ともに復活を遂げました。
しかし、マーケットの縮小や2018年に大阪を襲った台風21号などの困難に見舞われました。
更生計画は終結したものの、バブル経済の崩壊とその後の長期不況により赤字が続きましたが、新製品開発とコストダウンで乗り切り、再上場への道筋をつけていきました。2007年には、1978年の上場廃止後、29年ぶりに再上場を果たし、2011年には東京証券取引所第一部銘柄指定され、名実ともに復活を遂げました。しかし、マーケットの縮小や2018年に大阪を襲った台風21号などの困難に見舞われました。
阪神・淡路大震災
リーマンショック
東京証券取引所 第一部銘柄指定
東日本大震災
「大阪ファクトリーギャラリー」開設
大阪事業所が甚大な被害
『ビーチヨーロッパフロア』
第二再生期 2019年 〜
パンデミック、戦争、気候変動、AIの急速な進化など、社会はかつてないほどの変化に直面しました。
さらに敦賀事業所PB工場での火災事故など、当社は数々の困難に直面しましたが、
これらに柔軟に対応しつつ過去からの知見や技術、資産を活かして、新たな取り組みを進めています。
パンデミック、戦争、気候変動、AIの急速な進化など、社会はかつてないほどの変化に直面しました。さらに敦賀事業所PB工場での火災事故など、当社は数々の困難に直面しましたが、これらに柔軟に対応しつつ過去からの知見や技術、資産を活かして、新たな取り組みを進めています。
「EIDAI Advance Plan2026」発表
システムキッチン『ラフィーナ ネオ』
『コンカーボ』
リブパネルデザイン
創業期 1946年 〜 1958年
「復興資材の合板時代がやってくる」という
創業者 深尾 茂の先見性で永大産業は生まれました。
「復興資材の合板時代がやってくる」という
創業者 深尾 茂の先見性で
永大産業は生まれました。
日本国憲法公布
高度経済成長期の幕開け
成長期 1959年 〜 1963年
プリント合板やコンクリート型枠合板(コンパネ)の開発、さらに低価格住宅への需要に対して
『永大ハウス第1号』が生まれるなど、製販両面からの多角化戦略が進められました。
本社移転
本社工場完成
プリント合板やコンクリート型枠合板(コンパネ)の開発、さらに低価格住宅への需要に対して『永大ハウス第1号』が生まれるなど、製販両面からの多角化戦略が進められました。
名神高速道路(栗東〜尼崎)が開通
成熟期 1964年 〜 1974年
高度経済成長の追い風を受けて東京証券取引所・大阪証券(現大阪取引所)第一部上場を
果たしたこの時期、潤沢な資金調達を背景に、開発、生産、販売の総合力で業界内の優位性を確保しました。
堺事業所(現大阪事業所)開設
(現永大小名浜株式会社)設立
(現永大産業株式会社 山口・平生事業所)設立
高度経済成長の追い風を受けて東京証券取引所・大阪証券(現大阪取引所)第一部上場を果たしたこの時期、潤沢な資金調達を背景に、開発、生産、販売の総合力で業界内の優位性を確保しました。
東京オリンピック
『タフトップW』
第一次オイルショック
『ピアライン』
再生期 1975年 〜 1990年
2度の石油危機を契機とした不況の波により、1978年に会社更生法の適用申請に至りました。
しかし、『ロイヤルシュノール』などの新製品の開発という「再生の芽」は確実に残っていました。
「債務の弁済」を合言葉に、全社一丸となって再建に向けて邁進し、1993年9月に予定より2年早く更生計画を終了しました。
「IPシステム」導入
2度の石油危機を契機とした不況の波により、1978年に会社更生法の適用申請に至りました。しかし、『ロイヤルシュノール』などの新製品の開発という「再生の芽」は確実に残っていました。「債務の弁済」を合言葉に、全社一丸となって再建に向けて邁進し、1993年9月に予定より2年早く更生計画を終了しました。
『ロイヤルシュノール』
第二次オイルショック
直貼りフローリング『ダイレクト』
消費税3%導入
第二成長期 1991年 〜 2018年
更生計画は終結したものの、バブル経済の崩壊とその後の長期不況により赤字が続きましたが、
新製品開発とコストダウンで乗り切り、再上場への道筋をつけていきました。
2007年には、1978年の上場廃止後、29年ぶりに再上場を果たし、2011年には東京証券取引所第一部銘柄指定され、
名実ともに復活を遂げました。しかし、マーケットの縮小や2018年に大阪を襲った台風21号などの困難に見舞われました。
東京証券取引所 第一部銘柄指定
「大阪ファクトリーギャラリー」開設
大阪事業所が甚大な被害
更生計画は終結したものの、バブル経済の崩壊とその後の長期不況により赤字が続きましたが、新製品開発とコストダウンで乗り切り、再上場への道筋をつけていきました。2007年には、1978年の上場廃止後、29年ぶりに再上場を果たし、2011年には東京証券取引所第一部銘柄指定され、名実ともに復活を遂げました。しかし、マーケットの縮小や2018年に大阪を襲った台風21号などの困難に見舞われました。
阪神・淡路大震災
『ビーチヨーロッパフロア』
『ビーチヨーロッパフロア』
リーマンショック
東日本大震災
台風28号被災
第二再生期 2019年 〜
パンデミック、戦争、気候変動、AIの急速な進化など、社会はかつてないほどの変化に直面しました。
さらに敦賀事業所PB工場での火災事故など、当社は数々の困難に直面しましたが、
これらに柔軟に対応しつつ過去からの知見や技術、資産を活かして、新たな取り組みを進めています。
「EIDAI Advance Plan2026」発表
パンデミック、戦争、気候変動、AIの急速な進化など、社会はかつてないほどの変化に直面しました。さらに敦賀事業所PB工場での火災事故など、当社は数々の困難に直面しましたが、これらに柔軟に対応しつつ過去からの知見や技術、資産を活かして、新たな取り組みを進めています。
システムキッチン『ラフィーナ ネオ』
コロナショック
『コンカーボ』
リブパネルデザイン
リブパネルデザイン